入院ノート あとがき
あとがき
病院にいたときのことをまとめようと思ったのは、これが二度目である。一回目はナースに宛てたノートを、今回は、それに手紙や書いたものを加えた。
あの時間、あの場所は、私にとって完結していて、あの時の空気と一緒に、透明なビンの中に封印されているみたいに感じる。私は、その中でもがきながら、追い詰められた者がその目を見開き、耳を研ぎ澄ますように、感じ取り、克明にそれを紙に刻んでいた。
一方で、あの時の感覚をリアルに思い出せない自分がいる。あまりにも激しい体験だったから、這い上がり振り返らずに、前だけを見て、小さい一歩を踏み出すことに必死だったからなのか。変るためには、あの記憶を置き去りにする必要があったのか。
忘れたい体験ではない。いつまでも大切に持ち続けたい記憶。でも、やっぱり思い出せなかった。そう、退院した時に、ここはいつでも帰って来られる拠り所。だから、本当に辛くなる時まで前を見て歩き続けようと思った。何ヵ月もの間、病院でのノートを開くことはなかった。ただ、お守りみたいに、ナースがくれた言葉を、手帳の表紙の裏にしのばせていた。
ずっと持ち続ける病気だから、そんな日は来ないのかもしれないけれど、いつか、本当に大丈夫だと感じられたら、突然激しい感情とともに、思い出すのかもしれない。怖い体験の最中ではなくて、安心してから、子供が大声を上げて泣き出すように。
いつか、原点のあの場所に立って、辛かった自分を認めて、許してあげなければいけないのかもしれない。がんばった自分を、ほめてあげなければいけないのかもしれない。そして、ふっとあたたかい気持ちで、夢に出てくるといいな。
一方、刻まれた言葉たちは、私ではない誰かに、何かを伝えることができる。言葉たちは、あのときの思いを乗せて動き出す。それが、誰かの生きる力になるかもしれない。私は、病院ではたくさんの人に力をもらったから、今度は少しだけ、誰かの力になれるかな。ならなくちゃ。
そしていつか、
未来の私が、この言葉たちに力をもらえますように。
未来の私が、今とあの時の自分を、いとおしく思えますように。
泣いてもいいよって、言ってあげられますように。
2009年10月21日
あの時思い描いていた
大好きな海
たいせつな場所