よるくま@真夜中の虹 膠原病・心筋梗塞 闘病記

膠原病~心筋梗塞/発病・入院・共存の記録 体に耳をすます日々の日記

2019.1.10 心筋梗塞 入院11日目

一昨日くらいから、夜眠る時間が長くなってきている。
10時頃入眠し、2~3時頃まで眠る。
一度目が覚め、眠り直して、5時半くらいまで眠っている。
途中で目が覚めるものの、時間的には眠っている。


朝は、朝焼けの色が変わっていくのを見て過ごしている。

昨日は桃色、今日はオレンジ色だった。




今朝は、起きて、気分がすぐれなかった。
落ちている感じ。
何だかすべてがダメな気がした。

理由はわからないが、一つは多分、来週の火曜日の検査が終わった後も、「様子を見て退院」ということだから、しばらく入院が続くのではないか、ということ。カテーテルの後、その後の経過を見る検査と、数値が安定してから退院になるのではないか。それと、ここまで順調に上がってきているが、目標を見失ったことか。

 
 
6:20 108-70-59
 
 
9:20 自主リハ
800m リハ後 101-67-67
 

10:20 T=36.8 血圧 上80(←?)



 のんびり過ごすにも、限度がある。持って来てもらった文庫は、昨日、脳の本を読み終わって、3冊全部読み終わった。
 電子版書籍は、昨日椎名誠の『哀愁の街に霧がふるのだ(上)』を読み終わった。絵本の本は、昨日もう一度ざっと眺めながら、読みたい絵本のページに、ペンケースに入っていた付箋を貼った。

 

15:00~16:20 心不全学習会があった。

 廊下を歩いていたら、通りがかった病室の中で、ナースが患者に「今日心不全の勉強会があるから参加しては?」というようなことを言って促していた。
 月1回、勉強会があることは、毎日眺めているナース・ステーション前の掲示板に貼ってある紙を見て知っていたが、勉強会は家族向けのように読めたので、退院後に、家族が病人の生活を考えるために、継続して勉強するものだろうと思っていた。退院後の生活管理がずっと必要な病気なのだろうなと、漠然と想像していた。

 そうか、患者自身が参加できるものなんだ、と思い、心不全ではないが、似た症状だから、気を付けることも同じだろうと思った。それにしても、参加の促しは全く見られず、話題にもなっていない。昼まで待ってみたが、特に何の話もないので、「勉強会があると聞いたのだが参加して良いか?」と、自分から聞いた。Nsは、最初何のことかわからず、理解した後も、勉強会が今日あるのを知らず、参加できるかは確認してみると言ったまま、その後も何の返事もなかった。

 始まる時間の三十分くらい前になってしまったので、ナース・ステーションに聞きに行くと、参加すると確認できているとのことで、ノートとペンを持って、医師や看護師がカンファレンスを等をするらしい「講義室」とかいう名前の部屋に行った。
 部屋の前には特に看板もなく、ドアを開けると、何となく準備をしている様子だった。始まる時間になっても、やる気のない感じの患者が3人くらいしか集まっておらず、十分くらい過ぎてから、何となく勉強会が始まった。途中で患者が二人くらい入ってきたが、結局受講者はそれだけだった。
 
 いきなり医師が、インターンの学生に説明するような英字のデータ入りのパワーポイントの資料を使って、医学的な説明を始めたので、高齢、かつ、やる気がない、筆記用具さえ持ってきていない参加者とのギャップは大きく、主催者側からの、全面的な一方通行の、不思議な会だった。
 一方、私はペンケースとノートを携え、これまでわからなかったことや知りたかったことを、次々と専門職が説明してくれるので、興味津々でメモを取りまくっており、それはそれで、患者の中でもかなり浮いた存在だったが、私にとっては大満足な会だった。

 
 14時から、吉田沙保里の引退記者会見があったので、その中継を、最初から最後まで全部見た。一つ一つの質問に、丁寧に答える姿勢が素晴らしく、また、言葉の選び方が的確で、理知的な頭の良い人だと思った。あれだけの強さが求められる立場の中で、おごりも性格的な癖もなく、安定したパーソナリティと、人柄の良さがにじみ出ていて、素晴らしい人だと思った。

17:20 自主リハ
廊下L字で5往復 500mくらい?

115-76-51
114-70-52


夜 FMラジオ:
中央アルプス千畳敷では冬に星見られる。いつか子どもと見に行きたい。

歌 おかざきたいくのりゅう[後で調べたら岡崎体育の「龍」という曲だった]
山をつかんで海を食べて ここは私だけの場所 私だけの私」

(夜 Ns.田島、上庄)
      21:01