よるくま@真夜中の虹 膠原病・心筋梗塞 闘病記

膠原病~心筋梗塞/発病・入院・共存の記録 体に耳をすます日々の日記

[2011年1月]自分をマネジメントしようとする

 

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2011年1月2日1:39

今年はどんなふうにする? 

 何年か前に、病気を発症した年に、年頭に力んで一日一冊本を読むという目標を立てて、15冊目位まで本当に実行して、その後病気になって頓挫したことがあった。そんなに大きな目標と、細かい毎日の努力を、設定しない方がいいと思う。大抵長続きせず、挫折感を残すことになるのだろうから。

 もっと大きなイメージを描けているといいな、と思う。長く生きていくことをイメージして、今、なにをしておくかな、と考えてみるのがいいのかな。 


 まず、体調を整える。一年間、体調を崩すことなく過ごせること。これが最大の目標だろうな。視覚障害には懲りたし、別の症状の発症もあり得る。万全な体調で過ごす。そのために何をするか? 

 寝る、だろうな。睡眠時間を確保する。それと、疲れを自覚する。常に疲れていると思おう。実は、疲れのサインは自覚していて、疲れがたまってくると、覚醒する物を無意識に取り込もうとしている。やたらと食べたり煙草を吸ったりしている時がそうなんだ。だからサインを見逃さず、そして過覚醒させている物を取るのを、できるだけ避けよう。それと、体重のコントロールと水泳。体重を今より5キロ落とした状態を維持する。プールは、無理のないペースで週に2回だけでも続けたい。


 体調や時間をコントロールするために、仕事を含めた時間と、ストレスと、物と、お金等、諸々をマネジメントする。マネジメントのイメージと方法は、昨年後半に散々考えた方法があるので実施したい。ベースになる手帳2冊の使い方を、年明け早々に作っていく。必要なものには投資する。

 ピアノを始める。 

 物を増やさず、少しずつ更に減らしていく。1カ月位かけて相当物を減らしてきたが、まだ減らす余地がある。大切な物だけを身の回りに置く。


 勉強。将来を考える時には、英語を始めた方が良い。広がる可能性の展開の仕方がとても大きいと思うので、そろそろ始めるか。これまでは、話すこととヒアリングを重視していたが、読み書きにシフトして、勉強を少しずつ始めよう。その他、今の仕事の関連分野の本を、少しずつ読む。自分で、ある程度系統を作るところまでを、一年かけて出来たらいいと思う。


 本。ものすごい数の本が手元にある。これらを少し整理した方が良い。読んでいない本にざっと目を通してみて、不要なら処分する。必要なものは取り込む。雑誌類も同じ。


全部同時に始めたら大変なことになるので、少しずつ、できる範囲で考えよう。

 

 



2011年1月5日2:25

片づけの中間のまとめ 

 12月10日頃から正月まで、ずっと片づけをしていた。きっかけは、電子ピアノを買おうと思い、置く場所に困ったから、ではあった。

 あまりにも物を持ちすぎていると、ずっと思っていたので、ある程度捨てようと思った。多分、大きなゴミ袋で20袋以上の物を、捨てた。捨てたらすっきりすると想像していた。けれど、実際はあまり満足感がない。何でだろう?と思う。

 始める前の捨てるイメージは、「今」も捨てるくらいの感じだった。すべてを自分とは切り離してしまって、ゼロになって、無から始めるような風になるのではないかと思っていた。

 実際はちょっと違っていて、不要な物を捨てる、だったので、必要な物は手元に残っている。捨てることはもっと痛みを伴うはずで、だからこそ、その後の潔い感じが残るのだろうと思っていた。使っていない物や要らない物を捨てただけなので、期待するようなすっきり感はないのだろう。気に入った物、必要な物だけを手元に置いて過ごしたいと思っていたので、少しそれに近い感じになったかな、とは思うが、何となく気持ちがすっきりせずにいる。まだ切り離せるのではないかなとも、気持ちのどこかで思っている。 


 片づけの際に、いくつかの、気持ちの上で繰り返しつぶやいていたことがある。一つは、「片づけに聖域なし」。

 この箱はやめておこうとか、これはいずれやろうというのをやめにして、とりあえず、たくさんある段ボールや引き出しを、すべて開けること。その中で今の自分にとって不要な物を選り分けてとにかく捨てる。捨てるというか、物の行き先を決めてあげる、という感じに近い。だから、捨てた物の他、人にあげたり、職場に持って行った物もある。物には使われる人や場所が必要で、使わない自分の手元にあって役割を発揮できなくしているのは、物にも申し訳なく、所有していることで、自分がその責任を持つことになる。それが、気持ちの上で負担にもなる。

 以前、片づけの本を本屋で立ち読みする中で、使われない物は、負のエネルギーを発すると読んだことがある。確かに、使われず埃をかぶったり錆ついたりしていく物たちに囲まれているのは、気持ちの上で良くない気がする。

 

 他に、片づけながら思っていたのは、「迷ったら捨てる」「使うかもしれないと思って持っている物も、使う予定が想像できなかったら捨てる」。

 そして、「軍手をして物を扱うこと」。素手と比べると、物の扱いが粗雑にならざるをえない。物を物として扱うために、そして、皮膚で物を敏感に感じ取らないように、つかんだ時に痛みを感じないように、軍手をして作業をする。

 そうやって、つかんでは袋に入れることをずっと繰り返していた。ある程度袋にたまったら、そこに置いておくと気になるので、そして、袋がスペースを占有しているので、「すぐにゴミ置き場に持って行くこと」。

 迷わないように。とにかく、「自らのテリトリーから出さなければ」と思った。ゴミ置き場に置いてしまうと、もう取り戻しようがないので、あきらめがつく。これは、シュレッダーを使う時の気持ちに似ている。

 物の入り口はあるものの、出口が極端に少ないことに気づく。ゴミ袋やゴミ箱は常にいろんな場所にあって、「出口を作っておいた方が良いみたいだ」ということに気づいた。

 そして、たくさんの物を捨てると、次に買う時には慎重になるのだと思う。また捨てるのかな、と思うから。買うこと自体や、所有することや、買う時にイメージを楽しんだということだけでも、自分にとってのその物の役割はあり、もしかして、そこで役割は終わっているのかもしれない。捨てることになって、今回学ぶことがあるとすれば、それは、お金がかかり無駄が多かったが、自分への投資だったのかもしれない。「ごめんねとありがとうを言いながら捨てる」。

 
 大量に出たのは、過去の職場で作ったりストックした書類。その時は重要だったものだが、今の自分にとっては必要ない書類。これが多分、段ボールで5箱分位。

 それから服。ほとんど着ていない服。着たけれど、着心地が少しきつかったりで、合わないもの。最初わからずにたくさん買ったが、今となっては着ない形や色のジーンズ。しばらく着ていたが、今はもう着ない服。着古してボロボロの服。これが、ビニールの大袋で6個分位。

 仕事で使っていたフロッピー、多分200枚位。MD。読んでしまった本、今は興味のなくなってしまった作家の本。資格取得のための本で、使わなかった物、その関連書類等。大量のレシートや領収書。やたらとたくさんある文房具。ペットボトルのお茶や缶コーヒーについていたおまけグッズ等々。

 そして、物の行き先を決めた上で、同じ類の物は一か所にまとめて置くようにした。当たり前だが、これができていなかった。はさみはあちこちにあり、工具も至るところから出てくる。それぞれの集合場所を決めて、だいたいの総量が把握できるようにした。本も、同じ分野の物を、ある程度まとめて置くようにした。そうすると、だいたいどんな分野に興味を持っているかが見える。そして、いずれ、分野丸ごと処分という時が来るのだと思う。今回で言えば、釣りの本の内、ルアーの本は、今後やらないだろうと思われたので、まとめて数十冊処分した。持っている本がどんな分野に分かれるかは、今度書いてみよう。

 
 今回の整理で、物の量は、多分半分程度には減ったと思う。一応見通しが効くようになったのと、物の在り処を迷わなくはなってきた。

 それと、机の上と周りに作業できるスペースができたので、何かができる場所が作れた。ただ、そのスペースで何かをするまでには、まだ至っていない。何か呆然としている感じであり、まだ気にいった場所として、しっくり来ていない。本棚に新たな並べ方で並んだ本を、手にとって読めるかというと、そうはなっていない。距離感の遠い物たちが、まだあるのかもしれない。ここまでが、最初の削ぎ落とし作業で、本当の切り離しは、これから始まるのかもしれない。

 
 手元に残って、どうしようと困っているものは、例えばこんなもの。大量のCD、中身を聞いて確認する必要のあるカセットテープ。長年愛用してきた、裏地のコーティングが劣化してはがれおち始めたジャンバー2枚。親にもらった革ジャン。

 古い手帳。手帳は、十年も前の特定の日付の行動が書いてあるもので、それはただ一つ、自分のアリバイを証明するもの。捨ててしまえば、十年前のある日に自分が何をしていたかは、思い出すことができなくなる。それは過ぎた時間で、その体験は自分の中に蓄積されていると思えばいいのだが、確かにあった日の記憶と、記録が消えるのは、何となく不安なのだ。これを切れると、すっきりするのかもしれない。

 

 捨てないと決めているものは、小さい時から今まで、ずっと持ち続けているもの、ネガ、自分で書いたもの、手紙など、それから、気にいっている持ち物、今使っている物。気にいった物が乗っている様々なカタログ。それらの物はもう作られていなくて、手に入れることもできない物のカタログなのだけれど、丁寧に大切に作られた物だと感じられる物が、これまで生きてくる中で色々あって、それは車だったりカメラだったりするのだけれど、それらのカタログは、捨てずにファイルに綴じることにした。そういう物に触れると、何か大切なイメージとか夢をもらえる気がする。それは、私がかつて描いていた夢なのかもしれないけれど、何かそんなものに触れていたいと思う。 

 それと、片づけの二次的な効果として、行方不明になっていた物が、色々と出てきた。それから、持っているのも忘れていたような物も出て来て、それが、今使える物だったりもした。物が使える状態になったので、冬の上着は、色々とローテーションできるようになった。

 それと、意外な盲点があり、壊れかけたジャンバーを処分することにすると、雨の日にぬれても大丈夫な上着の類が、ほとんどない状態になることがわかった。だから、これは新たに補充する必要がある。今度買う時は、長く使えて、本当に気に入った物を買うのだろうな。

 あと、ちょっと困っているのはスペースが空いたので物を置けるようになり、そうすると、再び何かを買って、そこに置きたくなる。また自分の嗜好がはっきりするような物の配置になったので、例えば、しばらくやっていなかった写真をまたやってみたいと思ったり、バイクに乗ってみたいなと思ったりし始めている。それは、再び物を増やすことになるので、どうなんだろう?と思っているところ。

 それと、手元にあるものをちゃんと機能させるために、電池を入れ替えたり拭いたり、革製品にオイルを塗ったりと、メンテナンスをするようになった。そういうことをしている自分の姿は、好きなんだと思う。 

 一応ひと段落し、あとは使いやすいように少しずつ配置していって、物の置き場所に名前をつけて、それから、迷ったものの行き先を少しずつ決めていく。そして、今ある物を使いこなし、堪能し、使い尽くしていく。かつての自分が吟味して選んだ物だけあって、結構面白い物、良い物があるのだなあと、本棚や机の周りを眺めていて思ったりしている。自分が選んだのだから、自分の嗜好に合っているのは当たり前なんだけどね。

 

 



2011年1月16日23:20

最近の鞄の中身  

筆記用具:

小さい手帳(仕事用)、文庫版の手帳(文章を書く用)、シャーペン、ペン型の消しゴム、万年筆…プラチナプレジデント(細1、中1)、4色ボールペン、色鉛筆ペン、折りたたみ定規、名刺入れ

財布など:

小銭入れ、カードと身障手帳入れ(薬入れを兼ねる)、タオルハンカチ、駐車禁止指定除外票、フリスク、目薬、マスク、バンドエイド、ハンドクリーム
その他:タバコ、ライター数個、水、たまに本、プール道具(水着、キャップ、ゴーグル、曇り止め、薄手のタオル、ビニール袋)、お守り数個、ガラス玉、携帯電話2


手袋とマフラーと帽子、ネックウォーマー。時々レッグウォーマー。


持ち物はこのようなもので、毎日ほぼ同じになった。鞄はしょっちゅう変わる。色々試してみている。それと、鞄を替えることで、その都度中身を出して整理するので、持ち物が増えないようになる。

 

 



2011年1月16日23:46

最近凝っていること 

○水を飲む 

 目が悪くなった頃の途中からだから11月頃からか、水を飲むようにし始めた。目が治らないので、色々なことをやってみていた。

 その中で、薬をお茶やコーヒーで飲むから効かないのかもと思い、必ず水で飲むようにし始めた。

 そのついでに、免疫力を上げるには、朝起きてすぐに水を飲むことと、日中も水を飲むことだ、というような話を聞いたので、とりあえず、朝、水を飲むようにし始めた。そうすると、たいていすぐにトイレに行きたくなるのだが…。

 日中、職場に居る時に飲むものも、水に変えてみている。空気が乾燥していて、喉が渇く。今まではスポーツドリンクやアイスコーヒーを飲んでいたのを、水にすることが多い。すっきりしていて飲みやすい。結果として、甘い飲み物は抵抗感があるようになった。アイスコーヒーを飲んで、利尿作用でしょっちゅうトイレに行くこともなくなってきた。

 免疫力が上がっているかどうかは、よくわからない。免疫抑制剤を飲んでいながら、他の職員よりは風邪を引くことが少ない。それは、私が相当気をつけていて、毎日必ず手洗いと、うがい薬でうがいをしているからかもしれないし、夏にプールに通っていたからかもしれない。風邪の引き始めに、薬を飲むタイミングも相当早い。引きかけたと思ったら、風邪薬と抗生剤をすぐにのむ。ただし、一度引くとなかなか抜けない。水はうまいと思うようになったので、これは、これからも続けるだろうな。


メッセンジャーバッグとショルダーバッグ 

 使ってみたら、使いやすかった。電車の中で、物が取り出しやすい。そして両手が空くのだった。それまでは、リュックを使っていた。電車の中では、片方のストラップを肩にかけていた。左肩に右のストラップを掛けて、抱えるようにして持っていた。歩く時は、左のストラップを左肩にかけていた。いつも片方のストラップしか掛けないのなら、リュックでなくても良いのではないかと思った。そして片方掛けは、常に腕なりでリュックがずれないように支えている必要があるのが、意外と面倒なことに気づいた。

 右手に杖を持っているので、左の腕で鞄を支えようとしていると、自由度が意外と低くなるのだった。バックをショルダーにしたり、たすき掛けにすると完全に両手が空く。そして、ドラえもんのポケットのように物が取り出せるのだった。これは便利。何で今まで気づかなかったのか。ショルダーにすると、重く感じると思っていた。それと、鞄の中身が少なくなったことで、ショルダーに収まるようになったのもあるのだろうな。 


〇インターネットで注文 

 凝ってはいないけれど、最近始めたこと。

 支払いが後でやってくるので、これは未だにちょっと抵抗感があるのだけれど、ネットでしか販売していない物が、最近は結構あるので、仕方がない。

 それと、現物が見られないのと、手元に物が来るのが遅いのが嫌。実際にやってみると、かなり簡単に注文できてしまうことがわかり、これは危ないなとも思う。現金がなくても、いくらでも買える。買い物に行こうとすると、仕事が終わるのが遅いのもありかなり制約があるが、ネット注文は夜中にもできる。店頭にない物も買えるので、品物の種類も多く、検索すると、いくらでも興味のある物が出てくる可能性がある。恐ろしい。最近ネット販売で買ったのは、万年筆と電子ピアノ。いずれも現物を見ないで買っているのだから怖い。

 

 



2011年1月21日2:32

最近やっていること 

次の日に着る物の準備 

 朝、もうろうとした頭で着る物を考えるのが大変なのかもしれないと思い、前の日の夜中に、頭から足先まで着る物を全部用意して、一か所にまとめて置いている。

 着る物を選ぶというのは、特におしゃれをしようという気は全くなくて、最近あまりにも寒いので、どのように重ね着をするかという問題。電車に乗っても汗をかかない程度で、かつ、厚着になって動きにくくならない服装はどのようにしたら良いのか、というテーマ。これをすることで、多分朝の時間が10分位楽になっているのだと思う。仕事に行くギリギリの時間に起きても、何とかなる。


本を読む

 この間、移動中の乗り換え駅が大きな本屋の近くだったので、専門書のコーナーに行って、経費で何冊か本を買った。リストカットの本とPTSDの本。それから、興味があったリカバリーの概念を説明した本。それと、よくわかっていないパーソナリティ障害の本等。最初に、リストカットについて書いた新書を読んだ。これがわかりやすくて、面白かった。丁寧に大切にしながら読み、その後、ポイントに線を引きながら読み、読み終わってそのままにしておくのがもったいないので、要約を図にして、物足りなかったのでA4 8ページ位の要約を作った。その要約をメールで数名に送った。業務時間中にこまごまとした連絡調整を行いつつ、6時間程度で図と要約を作った。他にもやらなければならない仕事はあるとは思うが、自分の感性に合うものを探すようなこんな作業が好きなのだと思う。時々こういうクリエイティブな仕事をしたい。この時間が確保できるように、他の業務のマネジメントをするのだと思う。 
 こんな風に唐突に本を読み始めることがある。スイッチが入ったように読み始める。きっかけができると勢いがつくような感じ。しばらくこんな本の読み方をするかもしれない。