【日刊】びょういんつうしん その4
つわものたち その1
入院して二日目に喫煙場所を見つけた。それは入院棟の裏、隣の古い建物に抜ける通路の際の屋外の、吹きさらしの場所にあった。タバコの煙が流れるのを防ぐためのプラスチックの透明な仕切り壁に区切られた空間。そこにはいつも、4~5人の患者が集まっている。
よどんだ静かな空気から、彼らの入院が長いことがうかがえる。部外者を無言で拒むような空気の色。暗黙のルールがありそうな、入院患者というコミュニティ。
初めてその場所に行った。私は遠慮がちにあいさつをしてみる。少し距離感をおいたあいさつが返ってくる。誰も真っ直ぐに私を見ない。新参者を品定めしているような、間接的に感じる視線。「仲間」として認められるには少し時間が必要なようだった。それは、社会の側なのか患者の側なのかという無言の見極めのようだった。
努めて笑顔で輪の近くにいるようにして、3、4回で会話の輪に入れてもらえる。正確には、仲間に向かって話す時に時々私に視線を合わせてくれるようになる。
そうやって少しずつ距離を詰めながら知っていく内に、そこに集う者たちが、病人としての悲壮感を突き抜けた者たちであることをかいま見る。病院を生活の場にしているつわものたち。
あと一年の命と言われているおじいさん。
「タバコを吸っていたら死ぬ」と医師に言われた。「死んでもいい」と答えたところ、医者に怒鳴られた。「医師やスタッフは治療しようと努力しているのに、患者が努力せず死んでもいいと言うのは、医師として納得がいかない」「そのような考え方であれば、予定されている手術もしない」と言われたという。
車イスのもうひとりは、酸素療法を行いながら喫煙しているおじいさん。
ガスボンベを車イスに積んでいる。引火の危険があり怖いので、皆はその人の近くではライターを使わないようにしている。
グレーの口ヒゲを生やしている男性。
実は相当若いのだと思うが、髪やヒゲが白いのは病気の影響だろうか。難病を小学生の時に発症し、歩けなくなった。以後30年、体内の臓器に次々と発腫した。現在は、四葉ある肺の三葉が死に、残りの小さい一葉で呼吸をし、タバコを吸っている。
一番最近入院したのは、病気が頭に回り、ついに言っている事がわからなくなったからだった。会話からは裕福な様子がうかがえる。低層マンションの広い部屋で、毎日猫と話しながら暮していた。その人は、「猫は人の話をよく聞く」という。話している人の方をじっと見て確かに話をよく聞いてくれるし、聞きたくない時は嫌な顔もするそうだ。すでに脳の障害は進んでいたのだが、気付かずにろれつの回らない口調で猫と話し続けていた。猫がじっと話を聞いてくれるので、会話できているのだとばかり思っていたそうだ。久しぶりに来た家族が、ずっと意味不明の事を口走っている本人を見て、慌てて病院に入れたらしい。
「今はようやく人間と会話ができるようになりました」と、静かに淡々と話していた。
≪その4 おわり≫