よるくま@真夜中の虹 膠原病・心筋梗塞 闘病記

膠原病~心筋梗塞/発病・入院・共存の記録 体に耳をすます日々の日記

[2009年2月]鬱かもしれない

2009年2月5日2:49

講義   

 

 まぁまぁでしょう。90点くらい。終わったことについては、一人反省会をすると、また緊張したり、いろいろと嫌なものを思い出すので、そこそこ良かったときは、細かいことを思い出さないようにして、これからに気持ちを向けるようにしている。 
 
 今回は、初めてのテーマだったので、方向性が固まるまでに時間がかかった。それと、取り組む気持ちになるまでに、ものすごく時間がかかった。壁を前にして、躊躇している時間が長かった。本調子ではないんだろうな。1週間前からは、じんましんがあちこちに出ていた。やらないとまずいという気持ちと焦りをずっと引きずったまま、身動きが取れていなかったので。 
 
  引き受けなきゃいいのにな、って思う。それでも、それを機会に何かを学ぶ自分とか、新たな課題に取り組む中で自分の幅が拡がるかなっていう期待で、受けてしまうんだな。 
  今回話すにあたって、テーマを自分で咀嚼するのに、本を15冊以上は目を通した。そして概念整理に10時間くらい使っている。これが、今回私が得たこと。
 2週間後に、今度は6時間の講義がある。続編。今度は全体像が見えているので、もう少し早くから始められるだろうな。躊躇もあまりしないだろうな。
 ほんとうに、やれやれの1週間だった。
 
 
 
2009年2月5日3:02 
ごほうび特集

 講義の前の休みの日に、ほぼ日手帳を買いに行った。販売開始時間少し前に、その大きな文房具屋に行った。時間を指定しているものだから、たくさんの人が群がっていたり、並んで買うようなイメージだった。
 実際行ってみると、何てことはない、日常の文房具屋の光景であり、休日の、開店間もない時間ということもあり、人はまばらだった。そして、指定時間前なのに、普通に平積みされた手帳は販売されているのだった。そりゃそうだよな、と思った。販売店舗が都内でも数店とはいえ、1月始まり手帳も1ヶ月間は販売されていた訳だし、4月始まり手帳をこの時期に購入する人は少ないよな。でも、まぁ希望のカバーの色がなくなってしまうのも嫌なので、自分の分を手に取ってしっかりと握りしめながら、そのあと店内を見て回ったりしていた。突然、都内全域から、手帳を買い求める群集がやってくるかもしれないからね。たぶん、やって来ないと思うけど…。
 
  そして、手帳を開けてみるのは楽しみだったけど、講義準備で忙しかったし、気持ちにも余裕がなかったので、講義がうまくいったら、ごほうびに開けてみようなどと思っていた。
 講義はまぁまぁだったんだけど、その後も、なし崩し的に仕事が忙しく、ホッとした楽しい空気の中で手帳を開ける、という理想的な場面はできそうになかった。一年を書き留めるものを、嫌な空気の中で開けるというのが、何となく縁起が悪いようでいやだった。
 今日、やっと帰って来た夜中に、開けてみた。うーん、書くのが楽しみかも。どうやって使うかは、これからじっくり考えよう。記入できるのは、3月1日の日付けからだからね。 
  それと、ごほうびでもあり、ジーンズを2本買った。ずーっと気になっていたけれど見つからなかった、そのブランドの濃い色のジーンズが、たまたまアウトレットにあった。2本とも買ってしまった。これで、今月もまた貧乏生活に転落してしまったのだった。それでも、今回のジーンズはかなり気に入ったものなので満足。このジーンズであと1ヶ月楽しむしかないなぁ。
 
 

2009年2月9日12:06 
仕事~病院 
 
 仕事で、たまたま近くに来た。入院中に、夕暮れに見上げた特徴のある円いビル。訪問した企業から出ると見えたので、病院まで、自分の足で歩いてみたくなった。
 病院は思ったよりずっと近くて、しみじみしながら歩いた。思ったよりもずっと近くて、あっけない程だった。病院の入口や、リハビリで歩いた車庫、売店、トイレ。一つ一つが懐かしい。
 今までも、通院で来ているけれど、あれはオフの日で、通院として来ているのだからな。今日は仕事をできている私が、自分の足で来ている。それが、すごいことだと思う。だから感動するんだと思う。

 
 
  
2009年2月10日14:38
下がった 
 
 
 上がるかの試行
 通院から外の会議までの開いた時間。気分がどんどん落ちて、人と対面するなど自分を縛るものが何もないから、純粋に落ち込んでいける状況。これを一人で建て直せるのかどうか。
 最近わかってきただいたいのパターンとして、食欲が止まらなくなる時、まぶたが重い時、これが体に現れる兆候。兆候というよりは、症状本体。現象として、思考が前に進まなくなる、行動が決まらない、簡単なことができないようになる。イライラする時もある。目に入るもの、聞こえるものが、すべて気に障る。

 今までの、短時間で持ち直せる事が多い方法は、泳ぐ、走る、眠る。人と話して笑う、メールする。食べる、飲む、甘い物を食べる。甘い物は、あまり解決にはなっていないようでもある。買い物をする。
 今やってみたのは、ノートに書く。20分で少し持ち直した。いつまでもつか。
 
 
  
2009年2月15日0:53
この間の鬱々状態のつづき 
 
その時に手帳にシャーペンで書いたメモ(そのままの文章) 
 
通院日:通院前は、昨日の疲れはあるものの、気持ちも比較的Upしているが通院後に↓通院では、ステロイド減により順調、との所見で、内容は全く気にするものではない。ホッとしたといえば、そうか…。
 思考が全然前に進まないのと、今、空いた約4時間をどうすごすのかが、全く決まらない。昼食を食べる店が決まらず、買い物をするのか決まらず、手帳を整理しようとしても全く前に進まず、今気になることをメモする所(ノート)さえ決まらない。書くことで何か変化するのか、整理されるのか、書いてみる。
 
  朝、思ったのは、時間の軸がつながった感じ。昨日病院に歩いて来たことで、時間が輪になった感じ去年病院にたどりついたところからスタートして、退院して、リハビリして、仕事の変化があって、仕事の立場で、それもいつもと違う経路で、再び病院に自分の足で歩いて来たこと。遠くを巡って、ずっとずっと巡って、同じ場所に戻って来た感じがするのだ。
 そして、同じ場所で昨日ナースに会い、そこが私の回復へのスタートラインであったから、偶然とはいえ、再びポンと背中を押されたよう。そして、手帳の後ろのメモ、ナースが書いたノートのコピーを、見るともなく眺めていたのも、最近のことだった。
 外来で、一時間、待ち合いのベンチで待ちながら、そこを生活の場として車イスで動き回っていた、自分の気持ちを思い出した。やっと思い出せるようになったのかもしれない。もう、こに戻ることがないと、確信を持って感じられるようになったから。
 そして、外来で来た隣に座る少しイライラした若いサラリーマンを見て、それは以前の自分のようであり。彼は部外者として外のリズムで来て、外の空気をまとい、でも実際は、病気の前に無力なのだ。そして、がくぜんとしながら病院のルールと、リズムと、空気に、なじむしかない。それを知っている自分、そこを経て再びベンチに座る自分。
 光景としてではなく、そこで過ごしていた自分の気持ちを思い出すようになったのが、昨日気づいたこと。今まで、それができなかった。しようともしなかった。なつかしいと思えるようになったということなのかな。 

これを書き始めた20分余りで、気持ちがupしてきている。 
 
  昼、カレーを食べて、満たされた感じがなくて、牛丼を食べ、今、ここの喫茶でバナナパンケーキとカフェオレを飲んで、それでも上がらず、チョコとアイスティーオレ。血糖値がupした?手を動かすこと、書くこと、前に進むこと、何か作用した?
 
 食欲が進む時/まぶたが重い時/体が重い時、サインだと思う。見逃さず。多分、今はできないけど、眠ること、こうやって書くこと、泳ぐこと。
 
 手帳を移そうと思って、余りにも色々なことを読み返してしまい、何をどう整理して良いのかが、さっぱりわからないのかもしれない。この手帳を捨てることで、何かが途切れ、失われる事が怖いのか?残りのページを埋めて、使い切ってみるか。
 とにかく総括は必要なようだ。今、何が欲しいのか、何を確かめたいのか。そう、紙に書くことは、対話に似た感じが頭の中にある。これが自らを覚醒させ、コントロールできる方法なのかもしれない。 
 
20分間、目をつぶってみる
 
  
2009年2月15日0:57
もしかして、鬱?
 
  書いたものを読んでいて、何となく思った。今までの激動の時間、その中で前向きにならざるを得なくて、そうしてきた。でも、実際はつぶれてしまいそうな出来事の連続だったと思う。やっと落ち着いてそれらを振り返ることができるようになってきた中で、気持ちが途切れて、鬱状態になっているのかもしれない。もともと、症状にも、薬の副作用にも、鬱はかなりの確率であったりもする。それらも超えて、自分を保ってきたのだけれど、そろそろ大丈夫と思ったら、鬱状態になる余裕が出てきたりしているのかなぁ…。

  
2009年2月15日1:04 
とにかく書けなかった
 
 ここ数ヶ月、書けずにいるような気がする。パソコンの前に座ったり、この画面を開いたりしてみたこともある。その気力さえないこともあるのだけれど。
 書こうと思っても、何も書くことがない、思い浮かばない、書きたくないことが多かった。かろうじて、SNSの他の人の日記にコメントを書く程度だった。これがどういう変化なのか、わからない。気持ちに余裕がないのは、あると思う。
 それと、仕事のことを書く気にはなれない。それ程に、仕事は今の自分を押しつぶす可能性があるから、この場で思い出したくはない。客観視できるほどの見通しは、全く立っていない。渦中にいたら書けない。少しでも余裕がないと書けない。かといって仕事以外のことを書こうにも、仕事しかしていないから、書ける訳もないし、あまり何かに関心を持てるような気持ちも、時間の余裕もない。
 地に足が着かないまま、全力疾走しているような感じの毎日だった。12月、一番落ち着かないまま過ごしていたと思う。最近になって、少し仕事のペースはましになったけど、それでも余裕がないことには変わりはない。自分が取り戻せない、自分という確かな場所と気持ちを持てずに毎日を過ごしている。 
 いろいろなこと、何もかもが、うまくいっていない感じがする。それは具体的な手続きだったり、気持ちだったり。それらを、一つずつ整理しながらこなしていきたいのだけれど、その時間がない。疲れている。気持ちの余裕がない。宙ぶらりんで手ごたえがつかめないままに毎日を過ごし続けるので、達成感や満足感がない。不安と焦りと途中の感じが残り続けている。
  

2009年2月15日1:10 
かろうじてやっていること 
 
やっていることと、やりたいこと。 
 
かろうじてやっていること。 
 仕事。まあこれは強制力があるので、自らの意思とは違う。 
 服薬。私としては、珍しいこと。命に関わると思っているので、やらざるをえない。 
 その他といえば、ほんとうにわずか。 
 プールに行って泳ぐこと。これだけは何とかやっている。 
 もうひとつやっているのは、ジーンズをはくこと。ジーンズの生地を、毎日とっかえひっかえはきながら、自分の体型に合わせてジリジリと伸ばしている。積極的な努力とは言い難いほど何だか小さいことなんだけど、こだわってやり続けている数少ないこと。 

  やりたいことは、明日書こう。 
  本当は、火曜日にある6時間の講義資料を作らなければいけないのだけれど、それは明日何とかする、できるだろうという期待のもとに、今日は寝よう。クロールの本を見ながら寝よう。
  
 

20
09年2月15日23:26 
寝ていた 
 
 ずっと寝ていた。積極的な心地良い眠りではなく、起きていられなかったから、寝ていた。不調というよりは、疲れと、いつもの、課題を前にしてやる気なく逃げてる感じ。
 で、これからやらざるを得ないので、少し目を覚ますために公園まで歩いて来た。
 一時期、夜に走りに来ていた、家から歩いて10分の公園。殺風景な暗い公園。孤独の象徴みたいな、居心地の悪い公園。今は杖がなくても、歩いて来れる。前と比べたら体は良くなっている。
 なのにね、今ひとつだ。
  
 

2009年2月16日2:34
12ストロークへ  
 
 仕事は全然気持ちが乗らないので、一番毎日やっている水泳について書いて、寝よう。 

長く気持ち良く楽に泳げるための、とても個人的なメモ。 
12ストロークは、25mを泳ぐための自分のイメージする目標のストローク数(手をかく回数)。プールに通い始めた時に22ストローク、しばらくして20になって、今は16ストローク。1かきでm進めるようになるのが目標。これは基準の数が何かある訳ではなくて、自分で勝手に決めた数字。
 
 次に書くのは、本から得た、これから意識するフォーム。 
  水泳は、水に浮いた状態なので、無重力に近い。だから、体がどんな形にもなる。水泳の難しさは、無重力状態で体をどう動かしどう保つのか、その形が無限にあるから。
 走るとか歩くは、地面に接地していて重力が常に下方向にかかっているので、そんなに自由な体の形はあり得ない。人によって歩き方や走るフォームに余り差がないのは、そのためだ。
 一方水泳は、プールで眺めていても、ほぼ全員フォームが違っている。重力のない自由さの上に、息ができない水の中にいるために、呼吸するのに大きな動作をしなければならない、さらに前に進むために液体をかくという、普段ない行為をする。
 その時に使われる筋肉は日常では使わないものだったり、動かさない方向だったりする。かき始めの水を抑える動作は、床に万歳の姿勢で平らに寝て、床を下方向に押す動作で、これは日常ではあり得ない動作方向だし、更に、腕を親指方向に旋回させながらかき始めるのには、普段使わない筋肉を使うことになる。これらを息ができない無重力環境で全部同時に行うから、難しいし、みんなフォームが違ってしまうんだろうな。
 そんな中でも、効率的に力を水に作用させて、楽に力強く前に進める型はあって、それが水泳の本に載っているフォーム。最近では、クロールだけについて書いた本を2冊、何度も読んでは、やってみている。
 始めは、自己流である程度までいったのだが、更に楽にゆったりと前に進みたい、長く泳ぎ続けたいと思ったら、やはり、一度ちゃんと型を覚えた方が良いのかもしれないと思うようになった。
 特に、浮いた状態で前に進む際の重心の置き方というのは、自己流では思いつかなかった考え方だった。浮かんでいるときに重心をどこにおくのか、かきながら重心をどのように移動していくのか。
 
  陸上では接地面が少ないが、水中では全身が包まれるように水に接して体を浮かせている。時々思い出す、何ヶ月か前の感覚。水に包まれる感じ、水になる感じ。これだけは忘れないようにしたい。この感覚が好きで泳いでいるのだから。全身で水を感じたいと思う。
  

2009年2月19日2:12
インディアン関係  
 
 外での会議の帰りに、駅の高架下にある、アメリカンカジュアルの商店街みたいな所をのぞいて帰った。そこは、私が高校の時からすでにあった通りだ。商店街といっても、そのアメカジの店というのは7、8軒だけなんだけど。
 
 その中に、一般の人が入るにはちょっと躊躇する、やたらとギラギラと光ったベルトのバックルや、何だかよくわからない装飾金具(たぶんアクセサリーなんだろう)を売っている店があって、今まではそこは素通りしていた。 
 客が誰もいないその店には、ギラギラの金具がたくさん並べられたガラスケースに囲まれた中に、一人店員がいた。私が棚に近づこうものなら、すぐにそばに寄って来て、金具の説明を始めるのではないかなどと少し恐怖を感じていた。その上、会話の中で私が客としての品定めをされ、マニアではないとわかると、いきなり邪険に扱われるか、相手にされないのではないかと、想像したりしていた。
 だから、目を合わせないように、真っ直ぐベルトが下がっている壁際に進んでしまったので、その店員がどのくらいの年齢で、どんな格好をしていたのかは全く知らない。あまりにも正視できないギラギラだったらどんな顔をしていいのかわからないので、見ないに限る、と無意識に思っていた。普通のトーンの声で「いらっしゃいませ」と言われたので、それが意外だったりした。 

 確かにマニアックなベルトは作りが凝っていて、皮ベルトの部分に幾何学的な模様が刺繍されていたり、複雑に革が編みこんであったり、光る金具が、趣向を凝らした模様で打ち付けられていたりした。革細工として見た場合には、革の質も作りや仕上げもクオリティが高くて面白いなという印象だった。細工が凝っているものほど値段が高いようだった。
 そして壁一面に展示されているバックル。これはもうマニアック以外のなにものでもなく、アメリカの高層ビルをかたどったものや、馬の蹄鉄や、ルート66と大きく書いたもの、そして意味がわからないが漢字で大きく「平和」と書かれたものまである。余りにも金具が大きくてゴツゴツとしているので、多分いろんなところに引っかかったりぶつかったりして、実用的ではなさそうだった。

 ついでに勇気をもってガラスケースも全部見た。並んでいるのは、シルバーなのではないか。すべて値段が表示されていなくて、アメリカの国旗の入ったカードにアルファベットでブランド名らしきものが入っている。マニアだったら唸るようなものなのかもしれないが、一般人の私にはさっぱりわからない表示だった。ターコイズというのだろうか、水色の石かガラスのようなものが、七宝のように金具にはめ込まれているものが多い。これもこの分野での定番なのだろう。
 
 軽く全部眺めてから、帰ろうと出口の脇を見ると、なぜかインディアンのポストカードらしきものが、たくさんラックに入っている。壁を見上げると、インディアンの革の服が展示してある。
 何でインディアン?と少し考えてみた。そう、ジーンズもベルトも、元々はカウボーイの服装なのだった。だから、皮革を扱う彼らの間で、革を使った装飾として、ベルトやごつい革のポーチが使われているのだろう。そうかそうかと、一連のジーンズ関連の物が一致した。そして、カウボーイはインディアン関係なのだなきっと。カウボーイが開拓時代にインディアンに出会ったのか何だか、正確なことは全くわからないのだけれど、カウボーイは多分インディアン関連なのだ。どちらもアメリカの薄茶色の乾燥した砂埃の世界の出来事だろうから。
 そしてターコイズとか銀細工は、インディアンの伝統文化の中の一つなのだろう。改めて思い浮かべると、インディアンは銀の太い指輪をしていた、気がする。そして装飾品にターコイズが入っていた、気がする。かなりいいかげんなイメージだけど、こだわって分類したり区分けをしなければならない理由も全くないので、私の中では、そのような大雑把な整理で、納得できるのだった。そうか、カウボーイの服装なんだ。そう考えると、あまりにもシャレたブランドジーンズというのは、伝統に反している感じがする。もう一度考え直してみないとダメだな。 

 それと、シンプルな革製品であるベルトを作ってみたらどうかな、と思った。革を牛半頭分の半裁というサイズで買うと、一番背骨側にあたる部分の革が一番硬くて、普通の革製品には全く使えない。一方、引っ張りに対してほとんど伸びることがなく、繊維が背骨方向に真っ直ぐに通っているその部分は、ベルトには向いているのだった。あまりにもシンプルな物なので、今までは作る気もしなかった。けれど、シンプルだから構造を気にせずに簡単に形が作れる。失敗も少ない。平面で直線なので、緻密さが要らない構造だ。そして装飾の余地が充分にあり、オリジナリティが出る。何よりも毎日使うことができて、経年変化による進化もある。捨てるような革の端でできるのがいいな。今は、ちょっとベルトに興味津々。 
  
 

2009年2月20日2:25
 雨 
 
 久しぶりの雨、そんな気がする。 
  夜中、車で駐車場に戻った時に、少し大粒の雨がパラパラと降ってきた。屋根に当るカンカンという雨音を聞いていて、懐かしかった
 いつの記憶なのかはまったく思い出せないのだけれど、ずっと前にも車の中で雨の音を聴いていた気がする。車の中で雨に降られているのが好きだ。守られている空間を感じる。寒い雨降りの日に暖房をつけて車の中にいると、とても満たされている気持ちになる。小さい時に、窓から雨に濡れる町を見ているのも好きだった。車は雨のどまんなかにいて、ガラスに雨が当るのが見える。でも暖かくすごせる場所。
  
 

2009年2月20日2:40
進まない色々、走る毎日 
 
  進まないのは確定申告。医療費支出があるので、今年はやらなければならない。 
 そして仕事。仕事は山積み。その山を一度に何とかしようとするのは、最近はやめている。何とかなるものではないから。 
 この間の講師の仕事はすごかった。6時間の講義だったが、ロールプレイングとグループワークを10種類くらいやったのではないかな。そして専門的な概念と専門職としてのあり方を伝えつつ、メッセージと感動を残す。一人でこれを全部やってしまうのだからすごい…というよりは無理がある。全体をSSTの手法で進行するというのが前提だったので、20人にリアルタイムで反応し続けなければならないのだった。結論に向けて導かず、ライブ感を大切にしたので、終わったら足と頭がフラフラになった。 
 それと、最近は外回りばかりしている。今週は毎日外出だった。 

  プールは何とか行き続けている。行く前は乗り気でない。疲れているからだと思う。泳ぎ始めると何とかなる。100mはだいたい楽に泳げるようになっているので、50~100m泳いで、壁際で1分くらい休んで、合計で1~1.5㎞を約1時間で泳ぐ。時々、200~400mを休まずに泳いでみたりしている。どうすれば息が上がらずに、楽にこの距離を泳げるのかが今のテーマ。息継ぎの工夫をしてみたり、フォームの微調整をしてみたり。 

  

2009年2月23日1:55
上條さなえのドキュメント 
 
 NHKで上條さなえという人の幼い頃をドラマ化した番組を見た。間にインタビューを挟みながら、昭和30年代の池袋やそのころの父との出来事をつづっていた。
 絵本作家なのだろうか。途中から見たので、まったくストーリーはわからなかったが、さなえ役の子役が素朴で、多分相当に現実の話を再現できているのだろう。見入った。
 父と二人で、収入がない放浪生活を続けざるを得ないなかで、さなえが生きるすべとしてパチンコ屋でパチンコ玉を拾っては球をはじき、小銭を稼ぐ。景品の煙草を買い取ってくれる若いヤクザの二人組みとのやりとり。さなえは、わずかな白飯とおかずを食堂で買って帰る。それを無言で向き合って食べる父と子。
 学校に行くことができず、他に道はないと養護施設に入るさなえ。最初の日、昼食の時間に、養護施設の庭で父に別れ際に買ってもらった10円のアンパンを食べようとしていると先生が来て、アンパンが大好きだから先生の弁当と取り替えてくれないかと頼まれる。先生の弁当を無言で食べる。白飯とウインナーと玉子焼きとキャベツ炒め。アルマイトの弁当箱の底についたご飯の一粒まで食べる。
 後のさなえは「おいしかった」と言う。あの弁当がなければ更生しなかったと。一宿一飯の恩義だと。そしてあの弁当で、自分も先生と同じように、私と同じ境遇の子供たちと過ごしていきたいと、教員を目指すことになる。食べることに必死だった時代。そこに登場するご飯がうまそうで、そしてがむしゃらに食べているそのご飯は、確実にさなえの体と心になっている、そう感じられた。
  
 

2009年2月23日2:16 
また一週間始まる 
 
  月曜日だ。いやだなぁ。寝不足だろうから。
 土日、何でこんなに眠れるんだろう疲れているのだと思うけれど、眠れば疲れが取れる、というものでもないだろう。昼に一度起きてみるものの、体が重くて重力に引っ張られるように横になってしまう。
 もしかすると、それは平日も同じなのかもしれないが、そのまま寝てしまうと社会生活が送れなくなってしまうので、辛うじて起き上がって外に出ているだけなのかもしれないな。
 
 最近は調子が悪い時は、まぶたが重く下がっているような感じになる。それと、やたらと物を食べたくなる。食べることで回復できると本能的に体が動くかのように。食べても元気になる訳ではないので、食べ続けることになり、その結果体重が増えてしまったりする。
 
 土日、朝起きて不調であっても、そのままプールに行けば何とかなるのかもしれないが、プールから帰ったら再び寝るのかもしれない。薬の副作用とも考えられるが、飲み忘れて薬を飲む時間が遅くなった日にもこんな様子になるので、副作用ではないかもしれない。私の病気が、元々そういう症状をかなり高い確率で発症するということは、本に書いてあった。病気の症状なのか。それにしても厄介だ。 

 気持ちの持ちようなのかと思っていろいろ試みてみたが、どうも気持ちの問題ではなくて、単純な身体症状なのかもしれないとも思う。体内物質の分泌が変化して身体症状を引き起こす。同じストレスにさらされても、症状が出る人と出ない人がいるのだから、もともと持っている性質と、その後の環境要因と、ストレスにさらされている時間や強さにもよるのだろうが。「気持ちの問題」と考えて、要因を書き出してみたりポジティブに考えようと努力してみたり、好きなことをして気持ちを切り替えようとしたりしてみたものの、ほとんど効果がなかった。そんなことで何とかなるようならば、ストレスにはなっていないのだろう。もっと漠然とした解決しない何か、という灰色の気分みたいなものなのだ。それが何なのかがわからないからどうにもできない。これはもう仕方ないのかもしれないなとおもいつつある。
 
 今までで効果があったのは、泳ぐ、甘いものを食べる、書く、買い物をする、人と話して笑う、だった。甘いものは、不調のたびに食べると食べ過ぎになるので、ちょっと困る。買い物も限度がある。書くのはどこでもできるのでいいかもしれないが、この間はたまたま効果があったのかもしれないので、今度不調の時に試してみよう。話す人がいればいいが、いつもタイムリーにという訳にはいかない。泳ぐのは時間的な制約がある。これらを状況によって組み合わせて使ってみようかな。 

とりあえず今日は寝よう。眠くなくても寝よう。
  

2009年2月23日2:46
思い返すと、ずっと前から鬱々とした感じはあった  
 
 今、時々なる鬱々とした感じは、中学3年か高校1年の頃からあったのかもしれない。その時は、焦燥感のように思っていた。今何がしたいのか、何をすれば満たされるのかがわからずに気持ちが焦っていた。それはわずかにある限られた時間、限られた自由の中で、この時間に何をすれば満たされるのかがわからない。そしてわからずに迷い、焦る内に時間が過ぎていくのだった。
 高校生の頃か、大学生の頃だったか、手帳に、そんな風になったときにやってみることリストを書いていた。今と変わらないな。その時は、風呂に入る、オレンジジュースでビタミンを取る、爪を切る、ウーロン茶を飲む、書き出してみる等の他10項目くらいあったと思う。結局その頃も解決策はなかったと思うが、とにかく体がかゆいとか不快という身体的な感じで嫌な感じがあったので、体に対してアプローチしてみようというのが一つの方法だった。
 そのほか、焦りの原因があるのだろうから書き出してみるという方法だったと思う。今も、時間がないことへの焦りはあると思う。泳いでいて息が苦しくなった時に、鳥肌が立つようになることがある。その感覚が焦りによく似ている。その後、じんましんが出ることが多いように思う。
  
 

2009年2月24日18:09
手帖開始  
 
 外での説明会が終わり、喫茶店でサボりながら、うやうやしく新しい手帖に一文字目を書く。最初に書いたのは名前欄。やや字が曲がってちょっとがっくり。でも元々字が汚いので仕方ない。

 なんで今回はこんなに丁寧に手帖を使い始めるのだろう。紙が白いから。少し構える紙なんだ。それだけかな?
 どうしてかわかんないけど、新しい日々を始める気持ちが強いのかもしれないんだ。限りある日々を味わい尽くし、時間をコントールして、自分のものとして過ごした。何かが変わる予感がしていて、そのことに気持ちが構えている。
 だから、一文字目を書けなかった。今までの手帖は、病院からの続きの時間だった。新しい気持ちで手帖を選んで、自分を探しながら過ごした時間の記録。そこには、私がいるんだ。だから、手帖を変えられなかった。さぁ、この未来の時間というフィールドを、自分の手で描こう。そろそろ勇気と自信を持って、前に進むか。
 
 

2009年2月25日2:12 
手帳2冊をどう使うか 
 
 仕事用の手帳とそれ以外の手帳を使い分けるかを迷って、今は新しい手帳を2冊持っている。スケジュール管理を2冊使ってやると、混乱すると思う。イメージとしては、いずれも手帳というよりはノートに近い。これまでメモとして散逸していたものを、仕事のノートとして一本化するのと、仕事とまったく関係ないことを仕事用の手帳に書くことに違和感があるので分けたノートを、もう一冊作る。
 仕事の中で、自分の何かを実現しているのだけれど、それでも、気持ちの中で仕事の割合が大きいと、バランスが崩れる感じがする。物理的な時間の長さではなくて、気持ちの中での割合。だから小さいノートでも、一つ自分の自由なフィールドを持っていた方がいいと思う。そこには何を書いてもいい。無意味でもいい。自分が保てれば、それでいいと思う。
  

2009年2月25日2:35
クロールの本 
 
 『クロールが速くきれいに泳げるようになる!』という題名の本を買った。この間本屋で見つけて迷っていたのだけれど、今日買った。小さい町の商店街の本屋に2冊だけあった水泳の本の内の一冊。
 同じく中央大学の水泳部監督をやっている高橋雄介という人が書いた水泳の本を参考に、今までクロールを覚えてきた。数年前に泳ぎ始めた時に2冊買った本が、この人の書いた本だったから。
 その本は「クロールをきれいに泳ぐ」というような題名の本で、表紙の返しに、「1キロをきれいなフォームで楽に泳げるようになりたい人に」というようなことが書いてあった。他の本は、泳ぎのフォームが写真で解説されているものの、どんな泳ぎを目指しているのかがわからなかった。それは短距離の競泳選手の泳ぎなのか、長距離の泳ぎなのか。この本ははっきりと目指したい像が書いてあって、それが自分の理想とするイメージと同じだったので買ったのだった。
 その本を参考にしているものの、まだ楽に泳げる距離は100m。頑張って時々400m程度が連続で泳げる距離なのだが。
今までに持っている本は何度も読み返して、実際にプールで試してみて、写真ではどうしてもわからない所がある。詳細な体の動かし方がよくわからない、というところまで来ている。
 例えば、クロールは手を入水してから、前にストレッチするのだが、この時に体を弓なりにしならせる。その後かき始める際には、体の傾き(ローリング)は最大になる。そこで一番推進力が生まれる。簡単に例えると、片手腕立て伏せのような力のかけ方の姿勢を水中で作り、その時が水に一番体重を乗せやすい状態になるように泳ぐのが、最も効率が良い。
そして、かき始めにはひじを残すようにして、水をショベルカーのように腕全体でつかんで押す。ローリングの角度は45度程度が理想とされているが、その直後にかいた腕が顔の下を通る際には既に角度は浅くなっている。一番ストレッチした姿勢の際に力を入れて伸ばすのか完全に弛緩するのか。そして伸びた状態から最大のローリングに移行して傾けた体で、腕に全体重を乗せる状態にもっていく筋肉の使い方がわからない。
その辺りの感覚を細かく知りたいのと、動画で見て見たかった。それで、この本を買うことにした。別に速く泳げなくてもいいのだけれど、効率よく楽に進むフォームに、もう少し改造したいと思う。
  

2009年2月25日2:42
 デニムブック 
 
 もう1冊同じ本屋で買ったのが、雑誌ライトニングの増刊号「デニム・ブック」。今まで雑誌の中に小さい写真や記事で載っていたデニムのことが、体系的に整理されて、厚い1冊になっているようだった。背表紙を見てうひひ、、と心の中でつぶやきつつ、迷わず買った。これはしばらく眺めて楽しめそう。 
  昨日は寝る前に、既に買った革ベルト用の革素材に、どのようにしたら思いどおりの図柄が入れられるかを、手芸の本を見ながら考えていた。あまりにも本に目を近づけてじっと布の目や型紙見本の針の目を眺め過ぎ、目がチカチカし、頭がクラクラしたので、3時半頃に寝たのだった。
  

2009年2月26日2:24 
ガーネット・クロウ 
 
  机の前に散乱していたMDを車に持ち込んで適当に聴いていた。車用のラジカセを2週間前くらいに買ったのだった。そして、最近は、電車に乗るのが面倒で、毎日車で通勤している。 

 その中に、ガーネット・クロウというバンドがあった。抑揚がない低めのトーンで歌う女性ボーカルの、4人のバンド。以前、マニアックなアニメのテーマソングを歌っていたのではないかな。このバンドが、何となく好きで聴いていた時期がある。その時も車の中で聴いていたと記憶しているが、いつだったかが思い出せなかった。繰り返し聴いていたにも関わらず、突然聴かなくなってしまったのだった。 

 コード進行というのだろうか、気持ちに直接ぶつけてくるような和音の進行というのがあるのだ。EveryLittleThingも、同じような理由で聴いていた時期がある。多分その曲のアレンジの中には、スタンダードと言われるような、例えばビートルズの曲のメロディのようなものが含まれていたりもする。時々知っているアレンジやメロディがある。そんな曲は、改めて聞いてみるとメロディも凝っている訳ではなく、歌も決してうまくはないのだけれど、何度も繰り返し聴いてしまう。 
 その中の一曲を聴いて思い出した。「君を飾る花を探そう」。そうだったのか。この歌を聴いていたのは、部下が亡くなった頃だった。「優しい君がためらわず行けるように」という歌詞。あの頃何ともいえない気持ちだった。その感覚を少しだけ思い出した 

2枚組みのもう一枚のMDも聴いてみたくて探してみたが見つからなかった。たいてい聴きたいものは見つからない。それでいいのだと思う。いつかまた、偶然見つかったMDを何となくラジカセに入れて、思い出せなかったいつかのにおいを、急に思い出す時がくるのだろう。それが辛いできごとだったり、あたたかいできごとだったり。それでいい。
  
 

2009年2月26日2:43
自動車税減免申請完了  
 
  身体障害者手帳を持っていると、自動車税が減免になる。手帳の数少ない優遇措置の一つ。去年までは全額だったが、今年からは4万5千円が上限になっている。私の車の税金は、去年は5万4百円だった。そんなつもりで行って驚いた。税額が6万8千円に上がっていた。 
 たぶん、私の車が古くて排気ガス規制に引っかかるのだろう。最近、毎年排ガス規制が厳しくなっていて、車にはそれぞれ○○年排ガス規制適合という検査結果がある。そして、クリーンなエンジンを搭載した車には税金の優遇措置がある一方で、ダーティなエンジンを搭載した車の税金は、年々上がっていく仕組みに最近なったのかもしれない。
 同じ車に乗っているのに、何だか理不尽だ。同じ車に乗り続けるということは、大きなクズ鉄を出さずに使い続けているということで、物持ちがいいことは誉められるべきことなのではないのかな。欧米ではそれは当たり前のことで、車検毎に車を買い換える日本人は異常だと思うが。消費を促進することで景気は回復するかもしれない。環境対策費を空気を汚す人が応分負担するのも当然かもしれない。でも以前は誰もそんなこと考えなかったし、だから売られていた製品なのに。あなたの持ち物は環境に悪いのでダメです、買い換えて下さいと言われても困る。
「電気代が約10分の1に」と誇らしげに宣伝している電気製品が最近多いが、これも同じ。必ず小さく「当社比」と書かれている。つまりは、前の製品までは電気代が10倍かかる製品を作って売っていたということだろう。それとの比較で「少ない」というのもどうかと思うし、10倍もかかる製品をまったく気にせず売ってたくせに、と思う。
そんなにCO2がいけないのだったら、ジョギングとかするのもダメだろう。奴ら必要以上にたくさん呼吸しているぞ。デブも余計なCO2排出しているから、税金たくさん取った方がいいんじゃないか?逆にO2たくさん生産する人には、優遇措置をとった方がいいんじゃないか?農業とか植木屋とか、庭にたくさん花を植えている人とか、庭に雑草がボーボーで草取りをしない人とか、痩せている人とか代謝量が少ない老人とか。何だかイライラする。自分の車を否定されたことが頭にくる。
 
 

2009年2月26日2:50
 
 この画面で日記を書き終えると、広告画面で国仲涼子がババーンと現れる。国仲涼子が昔好きだった。私の中では、好感度が相当高かった。どこが?と言うとよくわからない。そういう、よくわからないけど何だか魅かれる、という人がいる。他には上村愛子。それと、自分でも納得がいかないのだが、どうしても大塚愛がテレビに出るとじーっと見てしまうのだ。どんな共通点があるのか、どこが気になるのかがよくわからない。だいたい私はそんなときはいつも理由がわからないのだった。普通そんなのが「恋の始まり」だったりするのかな?
 
 
2009年2月26日3:00
昔の私は立派だ 
 
 何となくパソコンを閉じようと思った時に、目についた2006年の秋頃の日記を開いてみた。ちょっとびっくり。ちゃんとした文章を書いている。かなり丁寧に、精緻な感覚的な文章を書いている。なるほど、と自分で書いた文章ながら思ってしまったほどだ。
 うーん、昔の私は立派だな。それに比べて、国仲涼子の日記はいったいなんだ?困ったな。私はいったいどうなってしまったのだろう。病気とともに、脳細胞のどこか大切なところが退化してしまったのかな。薬の副作用?何かどこかが鈍化しているのかもしれないな。まぁそうであっても、どうにもしようがないんだけれど。そして、少し鈍くなった自分も嫌いではないんだけどね。いやー、昔の私はリッパだわ。
 
 
2009年2月26日14:35
異邦人 
 
 今は東京の外れの方に来ている。知らない駅前。途中の駅も、終点の駅も、聞いたことがない地名。
 住めばどこも似たようなものだろうに、何で知らない町に来るとこんなに違和感をもつのだろう。駅前の景色だけではなくて、歩いている人や空気までもまったく違ってしまっているようだ。
 仕事の目的で初めての町に来る時には、敵地に乗り込むような緊張感も加わる。私は異邦人なんだな。邦という字は国の意味だと想像するが、異国人よりも異邦人の方が空気の違いを表しているような音感がある。

電車が大きな川の鉄橋を渡った。川原が見える。行ってみたくなる。すべてがどうでもよくなってしまうかもしれないな、とふと思う
 
 
 
2009年2月27日1:39
鬱々のペースが早くなる  
 
何だか今日は一日中鬱々としていた。昨日もそうだったような気がする。鬱というよりは寝不足とも思う。連日3時~4時に寝て、朝普通に起きて出勤。外回りや外部での事業説明をこなしながら、今は同時に2つの事業の企画書を、事業提案用と法人用と、まったく別に2種類、計4つの計画案を作っている。これに予算案が各々にある。日中から夜間にかけてこれらの作業をしながら、プールで1.5キロ泳ぐ。元気な訳がない。そろそろ限界、早く寝よう。何だか人に対してもイライラするので、このままだと対人関係が悪くなる。

  

2009年2月28日2:49
1週間の終わりのとても寒い日  
 
 1週間が終わった。今は仕事が重なっているので、土日にもやらなければいけないことがあるから終わってないけど、平日が終わった。
 金曜日の今日はとても寒かった。今年一番寒いと感じていたら、昼間雪が降ってきた。ちょうどその時、外の軒下のベンチで雨を見ていた。雨粒が重そうなのでみぞれかな、と思っていた。そうしたら、だんだん雨の色が透明からグレーになって、小さい雪粒になり、大きい雪に変わった。
 どうせなら積もればいい、地面がまっ白にならないかと期待していたが、アスファルトに落ちた雪は、濡れた地面に水となって消えてしまった。しばらくするとまた雨に変わり、今年初めて見た、ちゃんとした雪の日は終わってしまった。
 
 そんな中、都会の街に行き、新たな仕事場となりそうな事務所の検分をして、その後、時計のベルトを直しに時計屋に行ったのだった。時計屋はかなり苦労していたが、職人のプライドを持って、時計を元通りに戻してくれた。10年位前に買った2本目の時計。金属の落ち着いた色が気に入っている。
 
  最近あまりにも寒いので、暖かくするにはどうしたらいいのかをちょっと考えたりしている。重ね着をどうするか、という程度のことだけど。防寒着にはセーターとかジャンバーとかフリースとかダウンとかウィンドブレーカーとか色々ある。
 どれを上に、どれを下にすれば一番暖かいのか?そんなことを考えていた。